柔道整復師、鍼灸師、歯科衛生士の国家資格取得なら、福島医療専門学校(福島医専)

たつ風

人の役に立ちたい。そんな志を貫いて生きる人がいます。本宮市にある、くまだ接骨院の院長・熊田勝さんです。ぶれない夢を自らに問い、チャレンジを恐れず進路を変えて自立した熊田さんを「たつ風」としてご紹介します。

プロフィール

くまだ接骨院 院長・熊田 勝さん

本宮市白岩地区で2009年に開院した接骨院の院長を勤める。高齢の患者さんに優しい、地域に密着した接骨院を目指しており、二本松や郡山からも患者さんが来院している。
http://www.kumada.jp/

風のしるべ
もっと人の役に立ちたい

人の役に立つ仕事に就きたくて、高校を卒業してすぐ就職戦線を突破し、陸上自衛隊に入った熊田さん。しかし国民のためという大きな使命の元で行われる実戦訓練よりも「もっと誰かの役に立っていることを肌で実感したい。」と、4年間勤めた自衛隊からの転職を考えはじめます。

学生時代から興味があった職種は、警察や消防、医療系。お兄さんがあん摩マッサージ指圧師として働いていることにも少なからず影響を受けたのかもしれません。

風のしるべ
猛反対の壁を越えたい

医療関係に惹かれていた熊田さんは、知人からの勧めに共感し柔道整復師への道を志すようになります。しかし、10倍もの狭き門をくぐり抜け、自衛隊員という一生安定した仕事を獲得できたと喜んでいたご両親は猛反対。柔道整復師という仕事とその道を志す思いを理解してもらおうと、熊田さんは何度も何度もご両親を説得しました。そして「そこまで言うなら、できる限りの応援はするよ。」という言葉をもらうまでになりました。自分を心配して反対するご両親の気持ちが理解できるだけに、熱意を受け入れてもらえた喜びはひとしおでした。

高校生の時、所属していた柔道部のコーチが福島医療専門学校の広報業務をしていたことが、柔道整復師の存在を知るきっかけ。今でも交流は続いています。

風のしるべ
学び、働き、自立したい

貯金をはたいて初年度の学費を工面し、福島医療専門学校柔整科の夜間部へ入学した熊田さん。昼間は、先生が院長を勤める接骨院で研修生として働き、その給料で生活費をやりくりしていました。卒業後も同じ接骨院で勤務するなかで、結婚を経験したこともあって、子どもの成長と開業資金について現実的に考えるようになります。「上の子が小学校に入学する前には開業しよう。」人の役に立ちたいという熊田さんの強い意志は、ついに独立という航路へ舵を切りました。

新卒に比べればスタートが遅れた熊田さん。しかし社会を経験していたことは、柔道整復師として大切な患者さんとのコミュニケーションに結果的には大いに役立ちました。

風のしるべ
命の重みを支えたい。

開業した「くまだ接骨院」は、熊田さんの思いを反映し、患者さんにとって集会所のような温かな存在になりました。地元に密着した接骨院にこだわったのは、独立前に往診に出向いていた南相馬で、高齢の患者さんに数多く接した経験からでした。今では、老年期を生きる患者さんに向き合い、責任を痛感する日々を送っています。

接骨院に通いたくても通えないお年寄りの存在にまで想いをめぐらせ、高齢化社会という日本が抱える大きな課題の一端を担うことも、やりがいのひとつだと実感しています。「来院して笑顔を見せていただけるとホッとします。患者さんにはいつまでも笑顔でいてほしい。」自衛隊を辞めてから、いつのまにか10年近くが経っていました。手応えを感じられなかった日々を脱し、一念発起した熊田さんは今、地域に頼られる大きな柱へと成長を遂げました。

編み物をしながら診療を待つ姿が見られる待合室。手作りの小物や飲み物サービスなど、患者さんが居心地の良さを感じられるような心配りをされています。

風の通り道

高校卒業

陸上自衛隊入隊 北海道の駐屯地勤務(4年)

福島医療専門学校夜間部在学 接骨院で朝から夕方まで研修(3年)

接骨院勤務(3年半)

くまだ接骨院開業

ケアマネージャー取得

風を慕うひと

ひとりの人として、とても信頼しています。もし暴漢に襲われたとしたら、必ず助けてくれるっていうような安心感が先生にはあります。初めてここへ来た時、待合室で他の患者さんに「上手な先生だから絶対大丈夫」と太鼓判を押されました。実際に腰・肩・膝・首、みんな先生に治してもらいました。施術後には血流が良くなるのか、食欲がわいてきます。もう私にとって、なくてはならない存在です。(高坂さん)

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